2010年03月09日

朔ユキ蔵『セルフ』

朔ユキ蔵の最新作。2008年からスピリッツで連載中。3巻が2月末に出た。


セルフ 1 (ビッグコミックス)

セルフ 1 (ビッグコミックス)

  • 作者: 朔 ユキ蔵
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2008/12/26
  • メディア: コミック





ひさびさにマンガ読んで引っくり返った。朔ユキ蔵は性に対して真剣すぎる。



朔ユキ蔵といえば、最近では特に女性からの支持を得た「ハクバノ王子サマ」のイメージが強いかもしれないけれど、もともとは成人誌専門の作家。実用的なものというより、かなり観念的でぶっ飛んだエロマンガを描いていた。初めての続きもの「少女、ギターを弾く」が一部で話題に。これで注目されて小学館に引き抜かれ、メジャー誌一作目の「つゆダク」がいきなりヒットしたから、けっこうとんとん拍子で売れているともいえる。「ハクバノ〜」が代表作となった今となっては周知の事実かもしれないけれど、女性である。

僕はたまたま書店で「少女〜」単行本を見つけて、それから作者のマンガはずっと読んでいる。こうやってずっと読んできた作者から「セルフ」という傑作が届いたのは本当に嬉しい。

これまでの作品は悪く言うと描きたいことがとっちらかっているところがあったけれど、「セルフ」は違う。描くべき焦点が限界まで切り詰められて、読み手がいきなりテーマの核心に触れられる印象。それでいて、見えてくるのが性の問題だけではないところがすごい。これまでなら性の問題以外も直接描こうとして視点がずれてたはず。



大人になるまでオナニーをしたことがなかった主人公が、セックスよりオナニーに魅力を感じてしまうという、聞いたこともないようなトリッキーな設定。だけど、ずっとセックスを描いてきた(それもかなり肯定的に)朔ユキ蔵の作品だけに、「セックスよりオナニーの方がいい」という物語だという読み方はちょっと浅すぎる。

朔ユキ蔵が一貫して描いてきたのは、「性欲とか性衝動とは何で、どうやって付き合っていったらいいのか」ということ。理性ではどうにもならない、なんかモヤモヤ、ドロドロ、ムシャクシャっていうわけのわからないナニモノカ(経験あるでしょ?)を、なんとかして掴もうとしているんだと思う。

もっと大きく捉えるなら、これは感情と理性、体と心、無意識と意識、自然と人間の葛藤だ(感情・体・無意識は自然に、理性・心・意識は人間に属していると定義しておく)。ギター少女も、タカコサマも、小津も、朔ユキ蔵のマンガの登場人物はみんなこれに悩まされてきた。

「人間は恥を知っている。知恵があり、理性がある。しかし―気持ちよさを得るために、カエルのような愚かしい姿になる。決して美しいとはいえない互いの性器を貪りあい、溺れることに酔う。我々はなんて恐ろしいものを股間に抱えているのだろう。」

これが「セルフ」の冒頭部分。知恵の実を食べたアダムとエバが恥を覚えたときから、この葛藤は始まっているのかもしれない。知恵を身につけた者は、自然を隠そうとする。旧約聖書で裸体が自然の象徴になっているように、「セルフ」では「股間に抱えているもの」が体の象徴、自然の象徴だ。

感情が「欲望」に関係するものなら、理性は「恥」とか「全体の和」とかいったものに関係していて、感情がこれを乱すのを制御している。もちろん感情の方はそんなこと知ったこっちゃないから、感情の赴くままに生きるとしばしば「和」を乱すことになる。普通の人はこの姿勢を貫けるほど強くないから、適当に双方のバランスを取って生きているわけです。

物語序盤の国木田はこの葛藤のバランスが完全に理性に振り切れていて、体の叫びは完全に無視されている。というか、国木田の理性には自分の体の叫びがまったく聞こえていない。

でも国木田の体だってただじっとしているわけじゃなかった。マスターベーションの本を見つけた国木田の心に、彼の体が「自分だけのための性への扉を開けちゃいなよ」と囁いて、物語が動き出す。彼ももう、自分の体の叫びに無関心ではいられないのだ。

彼の場合、体の叫びは「恋」としてあらわれた。彼が初めてオナニーに成功したのは、泉さんと食事をした直後だった。僕にはこれが恋にしか思えない。

泉さんの「私でオナニーしてるんですか?」というセリフは「私のこと好きなんでしょ」と言ってるのも同然。国木田の「そうです」という答えは愛の告白に近い。国木田は恋を知らないから、自分が告白をしていることに気付かないだけだ(だから笑えるんだけど。こういうところが国木田はかわいいんだよね)。言い方を変えれば、「自覚がない」のである。

というわけで、結論。「セルフ」は決して「オナニー探求マンガ」じゃない。強いて言うなら、これはやっぱりラブストーリーなのだ。



これを書くために「ハクバノ〜」を読み返したのだけれど、赴任したばかりの頃のタカコサマが泉さんにあまりにそっくりでゾッとした。

よくよく考えてみると、「ハクバノ〜」と「セルフ」のシチュエーションはほとんど同じである。あるカップルと、もう一人の女性。主人公が違うだけだ。

僕は「ハクバノ〜」はほぼ完全にタカコサマ主観だと思っている。僕には小津が「女から見て何考えてるかわかんない男」に見えるからだ。では「セルフ」はどうかというと、これは読めばすぐわかる通り、完全に男性主観である。モノローグがあるのはほぼ国木田だけだ。泉さんを含めて、他の登場人物が何を考えているかは、言葉や表情で推測するしかない。泉さんは「男から見て何考えてるかわかんない女」なのです。

僕は泉さんがタカコサマだと(勝手に)思っている。見た目だけじゃなくて、同じセリフもある。泉さんが思わせぶりな表情を見せたとき、「ハクバノ〜」だったらどんなモノローグが入るかな…とか妄想すると楽しい。2つの作品を合わせたとき、作者の世界観にかなり近づける気がする。



わからないこともある。「ハクバノ〜」に対応する登場人物のいない夏目さん。彼女はどういう存在なんだろう。本当はしたくないのにオナニーにふけり「普通にセックスしたい」のにそれができない夏目さんと、「セックスよりオナニーのほうが気持ちいい」国木田の関係はどうなっていくんだろう。直感的には、両者は裏表の存在にみえるけれど。



最後にもうひとつ。この作品の見逃せない魅力は、全体的にとてもユーモラスなことだ。「ハクバノ〜」が少しシビアな内容だったから、これは嬉しい。主人公たちの真剣な様につい笑いを誘われてしまう。別に難しいことを考えなくても十分楽しめる作品だと思います。




ハクバノ王子サマ 1 (ビッグコミックス)

ハクバノ王子サマ 1 (ビッグコミックス)

  • 作者: 朔 ユキ蔵
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2005/08/30
  • メディア: コミック



婚約者のいる年下の同僚に恋をしてしまった女性教師の話。すごく面白いです。おすすめ。




少女、ギターを弾く (1) (ワニマガジンコミックス)

少女、ギターを弾く (1) (ワニマガジンコミックス)

  • 作者: 朔 ユキ蔵
  • 出版社/メーカー: ワニマガジン社
  • 発売日: 2001/12
  • メディア: コミック



ロック×エロ、ぶっ飛びギターマンガ。作者の問題提起はここからずっと変わってない。


ラベル:朔ユキ蔵
posted by koy at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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